
2026年9月号
ジビエの
新しい価値
捕獲した野生鳥獣の皮・角・骨といった部位は、皮革製品、アクセサリー、陶器などの原料にもなります。中でもシカ皮は、その質感や特徴から注目されている素材です。
シカ皮は軽くて丈夫な上、通気性も良く、きめが細かいという特徴があります。古くから武具に使用され、現在でも剣道や弓道の武道具に使われています。加えて、バッグや財布といった皮革製品に利用されているほか、レンズや刃物などの汚れを拭き取るのに適した「セーム革」の原料にも利用されています。皮革製品に使う皮は、裏面のみ余分な肉や脂肪などを取り除きますが、セーム革は裏・表面とも取り除くのが特徴。さらに、腐敗や硬化、収縮を防ぐ「鞣(なめ)し」という作業の後、魚油を添加して「油鞣し」を行うことで、よりやわらかく、しっとりした質感に仕上がります。シカ皮の利活用を進めることは、廃棄量が減って環境にやさしい暮らしができるだけでなく、新たな地域の特産品となることで、地域活性化にもつながります。
楽器や美容アイテムなど多彩な製品を創出
奈良産業(株)(奈良県)代表の南浦湧弥さんは、セーム革の伝統的な加工技術を受け継ぎつつ、新たな活用に向けた研究開発を進めています。「シカ皮は、多様な用途に使える可能性を持っています。最近では、セーム革でシャツやサンダル、洗顔クロスをつくりたいといった要望もあり、新たな活用法を生み出す研究を重ねています。今後は日本でつくった品質の良いセーム革を、海外にも広めていきたいですね」(南浦さん)。一方、シカ皮を紙のように薄く加工した「鹿皮紙(しかひし)」は、傷や穴、薄さなどが原因で、利活用が難しいシカ皮を生かすために開発されました。「鹿皮紙は用途を一つに絞らず、加工後に製品に応じて仕分けすることで、シカ皮の傷や穴、厚みの違いなどを生かすことができます」と、鹿皮紙プロジェクト(東京都)のカワダシュウジさん。「大きく厚めの皮は太鼓や三味線等の楽器素材に、中厚の皮は照明や造花等のインテリア・手芸素材に、薄い皮は筆写素材にします。用途の幅を広げることで多くのシカ皮が生かされ、さまざまな人に届けられます。日本で生まれた鹿皮紙が世界で認められるよう、素材・用途開発に取り組んでいます」(カワダさん)。ほかにも、日本各地で野生鳥獣の利活用が進められています。(株)ハイブ(東京都)が運営するライフスタイルブランド、85[ハチゴウ]はエゾシカの皮を有効活用し、命の循環を目指すべく、北海道の地元企業と協働してフェイスマスクを開発。YUK COSMETICS(北海道)はエゾシカの命を持続可能資源ととらえ、命に感謝し、地域産業として利活用するためエゾシカ脂100%の保湿クリームを製造しています。捕獲された野生鳥獣を余すことなく利活用した製品を、生活に取り入れてみませんか。
ジビエの処理加工施設で廃棄されることが多い部位であっても、近年はペットフードとしても有効活用されています。
ペットフードには食用に処理された肉のほか、衛生的には問題がないものの、硬さ・ニオイ等が人の嗜好に合わない肉なども使用されます。これらは通常、処理加工施設が費用を払って廃棄していますが、ペットフードに加工することで製品として販売でき、廃棄コストを利益に変えることができます。ペットフードを製造するには、「愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律(ペットフード安全法)」に基づく届出が義務づけられています。加えて、農薬や重金属などの上限値を定めた成分規格のほか、病原微生物に汚染された原材料は用いてはならないといった製造方法の基準が設定されています。捕獲された野生鳥獣を活用したペットフードも、ペットフード安全法の下で製造が行われているのです。
捕獲された野生鳥獣を原料とした
ペットフードが増加
近年は、捕獲された野生鳥獣を利活用したペットフードの需要も高まっています。シカ肉を使ったペットフードは低脂質・高たんぱくで、ビタミンや鉄分などが豊富。また、シカ肉ジャーキーは「ペットが好んで食べてくれる」など高い評判を得ています。こうした状況から、2016年度には150トンだった捕獲された野生鳥獣のペットフード利用が、2024年度には830トンと5倍以上に増加。ペットフードを製造する処理加工施設が増え、今後さらにペットフードへのジビエの利活用が増えると考えられます。
肉球ケアクリームも登場
捕獲された野生鳥獣を活用したペットフードは、様々な地域でつくられています。(株)メリケンヘッドクォーターズ(兵庫県)は、鳥獣害対策で捕獲されたニホンジカを有効活用するため、兵庫県で捕獲したシカの肉をミンチにしたペットフードや、シカ肉に玄米などを加えたペットフードを販売。また、フードにとどまらず、捕獲された野生鳥獣でペットケア用品を製造する企業もあります。(株)北海道えぞ鹿ファクトリー(北海道)は、中国で古くから漢方薬剤として使われているシカ脂を使い、イヌの肉球や鼻の乾燥などをケアするクリームを開発しました。この製品は、北海道白糠(しらぬか)町が、ふるさと納税の返礼品に採用しています。捕獲された野生鳥獣を利活用した製品はペットとの暮らしだけでなく、地域課題の解決の一助にもなっています。
捕獲された野生鳥獣は、動物園や水族館での「と体給餌」にも使われています。と体給餌とは、と殺した動物を、毛皮や骨などが付いた状態で飼育動物に与えること。動物園や水族館で飼育されている肉食動物は、人食用に加工された生肉を与えられるため、毛皮や骨を引き裂く機会が減って食事時間が短くなり、「消化不良を起こす」「筋肉が衰えて噛む力が弱まる」といった健康問題が生じることも。これに対し、と体給餌は肉食動物本来の採食を引き出すだけでなく、時間をかけて採食できることや、ストレス指標となる常同行動を改善できる点で、動物福祉に配慮した給餌方法とされています。海外の動物園では、家畜を用いて少なくとも1940年頃から、と体給餌が一般的に行われていますが、日本では大型の家畜のと体を入手することが困難で、家畜を用いた実施が難しい状況にありました。こうした動物園・水族館の動物福祉の問題と、鳥獣被害防止対策として捕獲したシカ・イノシシの利活用問題が結びつき、2017年に福岡県の大牟田市動物園が、捕獲したヤクシカを使って、と体給餌を行ったことをきっかけに、全国に広がりました。現在では捕獲されたシカ・イノシシを用い、ホッキョクグマ、ライオン、オオカミ、ハゲワシ、ワニなどに、と体給餌が行われています。
イラストレーション=サイトウカエデ
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