
2026年8月号
"森"と触れ合う

森の良さを体感。
大自然を満喫しよう
全国の森を舞台にした、健康・観光・教育などの体験プログラムに注目。
大自然を満喫できるエリアでの、「行く」から一歩進んだ魅力あふれる取り組みから、
知っておきたい「森の危険」までをご紹介。
自転車で森を疾走する爽快感、樹上からジップラインで滑り降りるスリル。スポーツの刺激と森林浴の癒やしが同時に味わえる森の遊びは、五感を総動員する大冒険です。
森で行うアクティビティの醍醐味は、単なるアウトドアスポーツにとどまりません。生い茂る木々や土の匂い、風の変化、動物の気配。自然の不確定さがつくる予測不能なフィールドに向き合う緊張感。デコボコの山道を走ったり、大木に登ったりしながら、危険や困難を克服しゴールする喜びがあります。一方で、森林はそこにいるだけで健康に良い影響があるというデータも。刺激と癒やしが共存する森林アクティビティは、体験者に独特な満足感をもたらすでしょう。もうひとつ、スポーツを目的に集まった人が、森林の価値や地域の営みを知り、地域の活性化や第一次産業の支えにつながっていくことも新しい流れ。自然と向き合い楽しみたいという気持ちと、社会に良い影響を与えたいという心情の両方に応える点でも評価されています。次の休暇は"遊んで守る"活動に参加して、森を走り抜けてみませんか。
村民手作りの本格MTBトレイルに
世界の愛好家が注目
マウンテンバイク(MTB)は、環境負荷も小さく、比較的低コストで始められるため、森林アクティビティとして導入する自治体が増えています。そんな中、山梨県小菅村の「浅間(せんげん)トレイル」は中上級者向けコースとして注目されています。「急峻な山道を下るコースは村の複数の所有者の山林をとおっています。それぞれに小菅村役場を通じて許諾をとって、村内外の有志とともに3年がかりで道を拓きました。実は公共化された自転車専用の山林コースは希少。MTBの愛好家が走りたくなるような本格的な道をつくりたかった」。村から委託され開設した(株)リトル・トリー代表で地域林政アドバイザーの大野航輔さんの狙いどおり、昨年の開通以来、海外から愛車を担いでやってくるプロライダーもいるそう。現在トレイルの利用は無料ですが、今後は企業研修などで村の収益につなげたいと語ります。また初心者やキッズ向けにバイクレンタルもあり、村の中の森に間伐材を使った手作りの練習コースも。練習で泥だらけになりながら、「いつかは浅間トレイル!」という夢を抱けるのも楽しいですね。
樹上で森を感じる新鮮体験、
フォレストアドベンチャー
森のアスレチック「フォレストアドベンチャー」は樹上を移動し、ジップラインでの滑降が楽しめる施設。自然の地形や樹形を生かした設計で利用ルールが整備されており、環境負荷が低いアクティビティとして定着しています。JR小田原駅からのアクセスがよいフォレストアドベンチャー・小田原の舞台は樹齢300年の杉が立ち並ぶ森。ハーネスで木々の間に張られたワイヤーに体をつないで安全を確保しながら、高い樹上から森のダイナミズムを味わえます。森の上空には14本ものジップラインが走り、視界が一気に開ける爽快感が評判です。身長90センチ以上なら子どもでも楽しめるコースがあるのも嬉しい配慮。真夏でも比較的涼しいので、暑い季節の外遊びにもぴったりな森の遊び場です。
森の健康効果の研究で日本は先進国。森林浴は日本発の文化として世界に広がっています。森に親しむ日本人の精神性と調和する森林プログラムについて探ってみましょう。
日本発祥の「森林浴」。今では"Shinrin-yoku"として海外でも浸透しています。森林が心身に与える効果の科学的データも、日本が先駆けて蓄積してきました。健康分野での森林研究では世界で最先端と認識されています。こうした研究データを背景に、森に滞在して心身をケアするプログラム「森林セラピー」や「森ヨガ」などが各地の森で実施されています。国土の7割が森林という、世界でも稀な環境の中で、森が日々の暮らしの近くにあったことが、森に親しむ日本人の感性を育んできたといえます。森林でのセラピーやヨガなどの体験型コンテンツは、ふるさと納税の返礼品として提供する自治体も増えていますが、利用者を呼び込むことで、地域経済が活性化し、里山整備や獣害対策などへの投資を後押しする効果も期待できます。自然の恵みを受け取る静かな時間は、森の未来に思いを馳せるよい機会にもなりそうです。
森林セラピー基地に赴き
“選ばれし森”の恵みを享受する
森林セラピーが単なる森林浴やハイキングと違う点、それは森が「お墨付き」だということ。セラピーロードや基地がある森は、心理学や生理学の見地から科学的に癒やし効果が認定された厳選空間です。中でも群馬県上野村の森林セラピー基地は面積の9割以上が森林。「中之沢源流自然散策路は森林セラピー基地として認定されています。森では森林セラピストの案内で、滝の音や木の香りに包まれる時間を過ごせますよ」と語るのは(一社)上野村産業情報センターの浅川一夫さん。セラピーでたどる道は歩きやすく整備されており、初心者でも安心です。特に"オボロカヤの滝"の周辺はマイナスイオンが豊富で、自然と心が落ち着くのだそう。ランチには上野村の山の幸を集めた特製弁当をいただくことができます。温泉もあるので、森・食・湯の三拍子がそろった癒やしの一日を満喫できます。
聞こえるのは鳥の声、
自然と心身が整う森ヨガ
さらに森の息吹を取り込みたいなら、ヨガはいかがでしょうか。「山深い森では、日常で煩わされている人工的な音がほとんど届きません。呼吸が自然と深まり、ゆったりとヨガのリラックス効果が味わえます」と長野県木曽町にある施設(一社)おんたけウェルネスラボの中島佐恵子さん。森ヨガは「非日常で気持ちがいい」とリピーターも多い人気ぶり。木曽町は御嶽山の山麓、開田高原にあり、標高の高い森の冷涼な環境が代謝や体温調整機能を高め、太陽の光を浴びることで、気分の改善や睡眠ホルモンの生成にもつながるとか。「森ヨガのシーズンは5月から10月、春は新緑、夏は深い緑、秋は紅葉と落葉で開けた空も魅力的です」(中島さん)。季節を変えて訪れる楽しみもありそうです。自然を背景に風の音や鳥の声に耳を澄ませば集中力が高まり、ヨガのポーズや呼吸への意識を深める助けになるでしょう。日々の喧騒に疲れたら、静かに自分と向き合って深呼吸。森のパワーを充電してみませんか。
「森は人間の領域ではない」という前提に立って、自然の中に入る際のリスク認識をもつことが肝心。しっかり準備して万が一の危険に備えましょう。日本山岳会所属の山岳医、原田智紀さんにお話を伺いました。
「森は街とはまったく違う環境であり、人間の領域ではあり ません。方向感覚を失いやすく、急な雨や増水もある上、地面の凹凸が多くて滑りやすいため、転倒の可能性もあります。安全に楽しむためには、歩きやすい靴や長袖・長ズボンの着用、虫よけや熊鈴の携行、地図や通信手段の準備、天候チェックが欠かせません。森に入る前には自然の特性を理解し、適切な装備と行動でリスク管理することが重要です。例えば、遭難などありえないように見える整備された施設でも、森の木々は似通っていて目印になりにくく、少し外れれば方向感覚を失ってしまうことも。スマートフォンの電波は必ずしも届かず、位置情報や通話が頼りにならないケースもあり得ます。森の広さ・方向の把握など、最低限の準備が必要です。不要だと思っても、遭難を前提にライトや水、雨具を携行するのは鉄則。暗くなると森は危険度を増し、ライトがなければ行動できなくなります」
動物・虫・植物 ― 自然の中に潜むリスク
リスクといえば動物との遭遇。近年、クマの出没が頻出し、人身被害も拡大しています。 「人との境界線が曖昧になってきています。ツキノワグマは基本的に人を避けますが、川沿いなど周囲の音が大きい場所では熊鈴の音が届かず、出合い頭の事故が起こり得ます。ホイッスルやブザーなどで大きな音を出すことも有効です。イノシシやサル、マムシなどが藪から突然現れることもあるので注意したいところです。さらに夏の森で注意すべきはマダニ。『葉の裏には絶対いる』と思ってください。SFTS(※)などの重篤な病気を媒介する可能性があります。長袖・長ズボンに加え、ディートやイカリジンを含む虫よけをこまめに使うことで回避できる可能性が上がります。またブユ(ブヨ)など小さな虫の刺傷は腫れが強く、長引くことも。植物によるかぶれは多くはないですが、ウルシなどに触れれば炎症を起こすことも。むやみに草木に触らないようにしましょう」
SFTS(重症熱性血小板減少症候群)はSFTSウイルスを保有するマダニが媒介するウイルス性疾患。重症化すると死亡することもある。
天候・体調・地形―
森で安全に過ごすための基本
夏に気を付けたいのは気温と湿度だと原田さん。 「森は木陰だからと油断は禁物。風が通らず湿度が高いと熱中症のリスクは高まります。体を動かすアクティビティでは、汗をかきやすく体温も上がりがち。水分補給に気を配り、体調が万全でない日は無理をしないことが大切です。また夏場は乾燥していないため山火事のリスクは比較的低いですが、火を扱う場合は細心の注意が必要です。自然環境に入ったら、体力や気力に余裕がない人は危険に対処しづらいので、山に入る前の体調チェックは必須です」 森の中で安全に遊ぶためには、事前に調べる、最低限の装備を整える、体調に留意する、森の環境を尊重する姿勢を持つこと。そうした心構えがあることでリスクを大きく減らすことができるでしょう。 取材協力:(公社)日本山岳会
イラストレーション=近藤安美
私たちの暮らしに身近でありながら、どこか遠い存在に感じられる「森林」。樹木が織り成す自然の奥深い世界を、緻密かつ温かい水彩画とユーモアで楽しく教えてくれるのが、森林業漫画家・平田美紗子さんの作品です。特に、樹木漫画『新・リン子の絵日記』は、ただの植物図鑑にとどまらず、古くから防虫剤として利用してきた"クスノキ"、茶の湯で使う最高級品の木炭「菊炭(きくずみ)」になる"クヌギ"など、私たちの暮らしや食文化を支える樹木の不思議が次々と登場。日本人と木材の長く深い関係性を知ることができます。林業の現場で働く主人公「リン子」の目線を通して描かれる「森林・林業」のリアルや、100年の歳月が育む豊かな森の仕組みまでを総合的に学べるのが魅力です。実は作者の平田美紗子さんは、元林野庁職員。職員時代から専門知識と、森林の現場にどっぷりつかった経験を生かし、森を守り、育むことの大切さを漫画で伝えてきました。本作は、子どもたちの環境学習教材としてはもちろん、「暮らし」の側面からも自然を学べるため、大人にもおすすめです。『新・リン子の絵日記』ほか、平田さんが描く一連の森林漫画は、林野庁「林野図書資料館」内、または林野庁ウェブサイトから閲覧できます。読めばもっと森が好きになり、もっともっと木のこと、森林の仕事に興味が湧くことでしょう。読後は近くの公園に出かけ、木々を見上げてみてはいかがでしょうか。
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