
2026年7月号
暑さに向き合う~進む日本の農業~


年々加速する地球温暖化。私たちの暮らしはどう変化していくのでしょうか。上昇し続ける気温による影響を考えます。
「地球温暖化」の最大の原因は、二酸化炭素 (CO2)などの温室効果ガスの排出によるものです。温室効果ガスは地球を適温に保つためにはなくてはならない存在ですが、その濃度が濃くなるほど熱の放出が妨げられてしまう上、太陽熱をさらに吸収し、ますます地球は熱に覆われてしまうのです。では、この猛烈な暑さは、具体的に私たちにどう影響するのでしょうか。地球温暖化は気温のみならず海水温にも影響し、氷河の融解による海水面の上昇、さらには強力な台風・大雨・大雪などの異常気象を引き起こし、私たちの暮らしを脅かします。地球温暖化対策は、二酸化炭素(CO2)の排出量削減だけを考えればいいわけではありません。すでに影響が出始めている気候変動にともなう様々な変化への対策が必須で、世界各国の喫緊の課題となっています。

高温下では生育不良や品質低下が多発
過去100年あたりで世界の年間平均気温は0.79℃上昇し、日本の平均気温は、100年あたり1.44℃の割合で上昇しています。日本列島の各地でも気温は上昇傾向にあり、気候環境は確実に北上しているのが現状です。ここ数年では、夏の気温が40℃を超える地点も急増し、日本の夏はより暑く、長期化する傾向にあります。豊かな日本の四季は姿を消し、夏と冬の二季となる可能性があるとさえ言われはじめています。地球温暖化による気候変動は、私たちの暮らしを支える「食」にも大きな影響をもたらします。高温下では、農畜産物の生育障害や品質低下などが多発し、海水温の変化で魚の生息域が変わり、漁獲量の減少を引き起こします。 その地域で育っていたものが育たない、獲れないとなると、生産者や従事者にとっては死活問題です。



それぞれの適応策で食の未来を守る
供給が減れば、消費者にとっては食材の値段が上がる、食べたいものが手に入らない可能性も出てきます。こうした問題に対処するため、それぞれの立場から適応策を考えることが重要です。地域・生産者は気温に合った「栽培品目への転換」「品種改良」などの適応策が挙げられ、実際にこうした取り組みも増えています。一方、消費者側は「食品ロスをなくす」「地域で手に入るもので工夫する」「食の選択肢を増やす」などの適応策が考えられるでしょう。それぞれの立場から気候変動への適応策を考えることは、食の未来を守ることにもつながるといえるのです。



日本人の主食でもある「お米」。地球温暖化による気候変動は、私たちが毎日食べるお米の生育・収量にも影響を及ぼしはじめています。
世界のトップシェフたちも認める、おいしい日本のお米。丹精込めてつくられる、高品質で風味豊かな味わいのお米は、日本が誇る農産物のひとつです。おいしいお米をつくるには、生産者の高度な栽培技術はもちろん、水稲の生育に適した気候が欠かせません。特に水稲が穂を出して籾(もみ)に栄養をためてお米をつくる時期では、日中は暖かく夜間は涼しいといった寒暖差があると、よりおいしいお米が実るといわれています。気温とともに、田んぼの水温もお米の品質を左右します。近年では、水稲の生育が高まる夏期の気温が35℃を超える猛暑日が続出しています。また、夜間の気温も下がりにくく、水温も高い状況が続くことで、水稲の生育に様々な悪影響を及ぼしています。かつては最適地として「米どころ」と呼ばれた地域でも、高温化による水稲の生育不良、品質低下などの影響は少なくありません。こうした状況は、生産者への打撃はもちろん、消費者にとっても他人事ではありません。

粒が「白濁する」「割れる」高温障害を知ろう
猛暑日続出で夜間の気温も下がらないままでは、水稲の生育不良や品質低下を引き起こす「高温障害」が発生しやすくなります。では、お米の高温障害とはどんなものなのでしょうか。代表的な例を見てみましょう。 【白未熟粒(しろみじゅくりゅう)】稲の穂が現れて米粒が肥大する期間(登熟期)に高温や日照不足などのストレスを受けることにより、デンプンが粒内に十分に詰まらないまま成熟した、白く濁って見える玄米の総称です。 【胴割粒(どうわれりゅう)】稲の登熟初期(実がなる時期)に猛暑が続き、高温ストレスを受けることにより、亀裂が入った玄米。精米時の砕粒(さいりゅう)発生を助長するほか、外観の品質や食味にも影響を及ぼします。



猛暑が続けば一等米の比率も低下
私たちがふだん口にしているおいしいお米(うるち米)は、厳しい農産物検査を通過して食卓に届けられています。中でも、透明感があり、粒の形や大きさが揃った、優れた外観の「整粒米(せいりゅうまい)」が70%以上含まれているものは「水稲うるち玄米一等米」と分類され、各方面からの需要も高くなっています。しかし、気候変動が激しくなり高温が続けば、米粒の白未熟粒・ヒビ割れが多発。必然的に全体に占める一等米の割合は低下してしまいます。近年では、2010年、2019年及び2023年は異例の猛暑の影響で、お米の主要産地で高温障害が増加。一等米比率は著しく低下しました。こうした気候変動への適応策として、研究機関が高温耐性に優れた品種の開発・普及を行っているところです。実際に、お米の産地でも普及が進み、高温耐性品種への転換や徹底した水管理が行われたことで、2024年の一等米比率は76.3%まで回復しました。



各地で進む、急激な気候環境の変動による作物の高温障害リスク。米どころ・新潟での取り組みをご紹介します。
昔から「おいしいブランド米」産地として定評のある新潟県。米どころの名にふさわしく、水稲の作付面積は全国一を誇っています。そんな一大米産地である新潟でも、記録的な猛暑により高温障害が多発し、お米の品質が著しく下がった年もありました。新潟県農林水産部農産園芸課主要作物係・副参事の小巻千尋さんは、「2010年、2019年の猛暑下では、一等米比率が30% 程度まで低下。2023 年の猛暑下では、コシヒカリの一等比率が約4%と過去最低を記録し危機感を感じました」と当時を振り返ります。県では、気候変動リスクを見据えて2003年より、コシヒカリに並ぶ高品質・高温耐性品種の研究開発・実証栽培に取り組んでいましたが、この一等米比率低下を受け高温対策意識は一気に加速。2015年には、全国に先駆けて、品質・食味ともに優れた高温耐性晩生(おくて)品種「新之助」を市場に投入。2026年の今年は、新たに高温耐性の極早生(ごくわせ)品種「なつひめ」をデビューさせます。

早生・中生・晩生品種で収穫期を分散
他の農産物と同様、高温耐性のプレミアム米・新之助も、開発から市場投入までに要した期間は10 年以上。今ではプロから一般消費者にまで、その味と品質が受け入れられています。「県内で新之助を栽培する生産者が組織する『新之助研究会』の数は70にも及びます。会員生産者は約2,900 人。優良生産者は県が表彰することで、生産者同士が切磋琢磨し合いながら、品質向上をめざす土壌ができています。現在、新之助の作付面積は県内全体の5%程度ですが、徐々に作付けは拡大傾向です」(小巻さん)。中生(なかて)品種のコシヒカリに集中すると猛暑年の収量低下リスクが高まるため、収穫時期をずらした晩生品種「新之助」、新たに登場する極早生品種「なつひめ」とで、全体量を低下させない生産戦略を実践。気候変動はより進むと予想される中、新潟県ではさらなる高温耐性品種の開発で、米づくりを進化させています。



ポテンシャルの高さで様々な商品に
高温耐性と食味の両立を追求した、新之助。いちばんの特徴は、その味わいです。大粒でお米好きを魅了する甘味とコク深さは、冷めても変わらないのが特徴。おにぎりやお弁当にも最適で、炊き立てのツヤ感は「これぞ日本のお米」の風格さえあります。2022年、認知度アップに向けて同名の歌舞伎俳優、八代目市川新之助さんをCMに起用しました。その後、続々と登場する新之助を使用した商品の数を見てもその人気の高さがわかります。海外の和酒コンクールで金賞を受賞した、新之助を使用した日本酒をはじめ、新潟の道の駅で人気の、新之助の米粉を使ったシフォンケーキも発売されています。その他、サブレやせんべいにも新之助を使用した製品もあり、新之助が持つポテンシャルの高さと多くの企業の期待度の高さがわかります。

イラストレーション=小林あつ子
猛暑が続き、年々夏が長くなる日本。全国で熱中症にかかる人の数は増加傾向にあります。特に、屋外作業が避けられない農作業中の死亡者数は急増。熱中症が直接原因のほか、長引く高温による疲労で、高所からの転落など思わぬ死亡事故につながったと考えられる事例もあります。気象庁によると、2026年の夏はさらに暑くなると予想されているため、熱中症への十分な注意が必要です。農林水産省では、7月1日~9月30日を「夏の熱中症等対策声かけ期間」として、「いのちをうばう、夏のひとり作業」をキャッチフレーズに、農作業中の熱中症事故防止を呼びかけています。熱中症による死亡事故の多くは、ひとりで作業をしている時に発生しています。大切な人のいのちを守るため、作業はできる限り複数で行うようにしましょう。また作業前には健康状態の確認や、帽子や飲み物の準備を促し、作業中の人を見かけたら「熱中症に気をつけて」など声を掛け合うことが大切です。家族や地域での声掛けは、熱中症への早期対処・事故防止につながります。



イラストレーション=シマノアヤ子
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